「漫画の完成」に向けてやったこと

 ピエール手塚先生が一作目を描いた際の記事が、大変面白かったです。

https://mgkkk.hatenablog.com/entry/2023/10/11/121525

 もとになっている「漫画家になるためには〜」云々の話題は置いておいて、「こういうノウハウ共有めちゃくちゃいいじゃん!!」と思ったので、僕もやってみることにしました。行き詰っている人が外野から叩かれるだけのインターネットでは寂しいので、少しでも誰かの背中を押せると嬉しいです。

 とはいえ人によって漫画関連のスキルツリーがあると思います。「僕の場合はこれで漫画描けた」という一事例にすぎませんが、まずは僕の立場と、この記事が誰向けであるかを説明したうえで、ノウハウのご共有に入りたいと思います。

 

 

前置き

著者の経歴・立場

 僕は今、漫画原作者として連載に携わっています。

 漫画を描き始めたのは社会人になってからで、はじめの作品はゲームの二次創作でした。その後はコミティアでシリーズものの一次創作ギャグ漫画を5冊出してました。今連載している漫画は、このシリーズをベースにしたものです。

※下記リンク先が今連載中の漫画です。

comic-ogyaaa.com

 絵については、課題が多いです。特に、何も見なかったらキャラクターや表情の描き分けができない程度に線画が苦手です。物の立体感を捉えるのも苦手です。同じコマに人物が二人以上いると、高低感が破綻しやすいです。そういう人が考えたノウハウだと思って、お読みください。

 

 

ノウハウの前提条件①誰向けの記事なのか

この記事は、「漫画という表現方法に興味はある一方で、スキル的にきついものがある人が、なんとか完成に向けこぎつけるための技術」を説明するものです。なので、向いている人、向いていない人が当然います。

 

この記事が向いている人

なんとはなしに漫画を描いてみようかなと思っている人。

アイディア出し自体に苦痛はないが、それを漫画に落とし込むことに困難がある人

 

この記事が向いていない人

アイディア出しが苦痛な人

頭の中でずっと大切にしてきた物語や、永遠の乙女ヴェアトリーチェを漫画に落とし込みたいと思っている人。

 

自分が前者寄りだなあ、という方は是非お読みください。後者寄りの方も、お時間あればこんなやり方もあるんだなと、みていってください。

 

ノウハウの前提条件②どのタイミングのノウハウなのか

 先ほど言った通り、僕はゲームの二次創作同人を出した後に、一次創作に取り組んでいます。今回のノウハウは初めての一次創作同人(つまり二作目)を描いた際のものになります。

 「二次創作を一回描き切った上でのノウハウなら、話が違うじゃん」と思う方もいるかもしれません。おっしゃる通りなんですが、そこはご容赦ください。初めての同人誌に僕は無策で挑み、散々な目にあいました。形にはなったけれども、苦労が多かったのです。「作品・キャラクターへの熱に浮かされてる二次創作ならいざ知らず、オリジナルの作品を出すのって結構無茶なんじゃないかな」という心境でのノウハウなので、お役に立てるのではと思います。

 

ノウハウ

結論:何をやるのか

 人間の可処分時間には限りがあります。なので、この記事でお伝えするノウハウを、はじめに述べましょう。言いたいことは、一つの普遍的方針と、私に当てはまった三つの作戦からなります。

 

普遍的方針

  1. 描けるか自信がない場合、どうやったら描けるようになりそうか、策を考える

私に当てはまった三つの作戦

  1. 描けないものは描かずに済むようにする
  2. コマ割りの型を作る
  3. 発表の場でモチベーションをコントロールする

それでは各論に入っていきましょう

 

普遍的方針:描けるか自信がない場合、どうやったら描けるようになりそうか、策を考える

理想状態を定義する

 まず、自分が漫画を完成させるうえで、どういった作戦を立てる必要があるのかを模索します。これはどのようなスキルツリーの人であれ、有効なステップであると思います。自分に何が必要なにかは理想と自分の現状のギャップがわかれば導きだせます。

 というわけで、はじめに漫画を完成させる上での理想的な状態を定義しましょう。当時の僕は、以下のように考えました。

 

  • 絵が描ける
  • ネームがつくれる(漫画という表現形式にストーリーを落とし込める)
  • 漫画を描くモチベーションがある

 今見ると整理の粒度に若干の疑問の余地がありますが、そこはご容赦ください。

現状・課題を整理する

 さて、理想状態が定義できたら、次は自分の現状のスキル状況(の至らない部分)を、とにかく分解・列挙します。

 で、僕の場合は以下のような感じ書き出しました。長いし一つ一つは重要ではないので文字サイズを下げます。

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  •  絵が描けない
    • 人間が描けない
      • 人間の顔が描けない
        • 人間の顔の描きわけができない
        • 人間の表情によって感情を示唆することができない
        • 人間の右目や、読み手から右側を向いている顔を描けない
      • 人体が描けない
        • 全身像が描けない
        • 腕や指など、細長いものが描けない
      • 適切に配置できない
        • 高低感が把握できない
    • 物が描けない
      • 立体感をつかめない
      • 物の形が明確に思い出せない
    • 線が引けない
      • 描こうと思った線を描けない
  • ネームが作れない
    • コマワリがわからない
      • 各ページ、どのようなサイズ感で、何を描いたコマを配置すればいいのかわからない
      • コマ割りによる視線誘導ができない。
  • 漫画を描くモチベーションが維持できない
    • 作業に着手する動機がない
    • 作業を続行する動機がない

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 うだうだと列挙しました。これを課題としておおまかにとりまとめると、こんな内容になりました。

 

  • 絵について
    •  人物について
      • 人物の顔を描けるようにする
      • 人物の身体を描けるようにする
      • 人物の位置関係がわかるようにする
    • 物について
      • 登場する背景や物が、描けるようにする
    • 線について
      • 思った線を引けるようにする
  • ネームについて
    • コマ割りがなされている
    • コマによる視線誘導がなされている
  • モチベーションについて
    • モチベーションを発生・維持するきっかけが存在する

 繰り返しになりますが、漫画を完成させられる気がしない場合は、はじめにこのような整理に取り組んだ方が良いと思います。作業を進めて途中で「やっぱ無理かも」となってしまっては、とても悲しいですからね。

 

 

作戦①:絵が描けない問題をなんとかする

 絵に関してはとにかく課題が多いです。初めて二次創作を描いた際最も辛かったのは、絵を描かないといけなかったことです。難しいんですよね。絵って。顔のある人間となると尚更です。

人物が描けない問題を乗り越える

【顔が描けない問題を乗り越える】

 というわけで、僕は顔のある人間が登場しない漫画を描くことにしました。幸い僕の頭の中のストックに、適した題材がありました。常に兜で顔を覆っている騎士と、メガネの奥の瞳が描かれないオタク二人からなるギャグ漫画です。厳密に言えばオタクにも顔はありますが、目を描かずに済むなら御の字です。その上、美的に優れた形で描かなくて良いなら、多少粗があっても読者へのメッセージがぶれません。いいものですね。

 

【身体を描けない問題を乗り越える】

 身体を描かなければええ。というわけで、話は基本的にバストアップで進行させます。

 どうしても、というシーンについてはポーズ集や自撮りを駆使して誤魔化すことにします。ネームを切る際は、手元の資料や自撮りとして撮りうる角度を考慮しましょう。

人物を空間に適切に配置できない問題を乗り越える

 密室のバストアップならなんとかなる。あとは主役格の身長差をデカくすればいい。

物が描けない問題をなんとかする

 描けるものだけが登場すれば良い。ということで、舞台は現代日本かつ自宅や近所が舞台一択になります。撮った写真をトレスすれば良い。この時点で現代日本で甲冑騎士とオタクが一緒に暮らす話ところまで決まりましたね。

線が描けない問題をなんとかする

 初めて同人を描いた際は板タブでした。これが力量のない僕には辛かった。自撮りをトレスしようにも、思ったところに線が引けないので四苦八苦するのです。というわけでiiPadProの、画面がでっかいやつを買いました。これなら安心してオタクの顔を描く際自分の輪郭をなぞることができます。iPadなら、漫画を描く習慣がなくなったとしても、タブレット端末として利用できますからね。絶対におすすめです。オリコの無利子ローンに感謝……。

絵に関しての総括

 これで絵についての課題は乗り越えられました。コツは「徹底的に描けるものだけ描く」ことです。「スキルを理由にキャラクターや舞台を制約して良いのか?」というツッコミはあるかもしれませんが、僕はこれで良いと思っています。僕は可愛い女の子を描くスキルや熱量がないし、学校に自由に出入りして写真を撮影できる立場ではありません。そんな人間が無理して学園ハーレムものを描こうとしても、痛みや悲しみが生まれるだけです。

 

作戦②話をコマに落とし込むのをなんとかする

 はじめて描いた漫画は「鬱屈とした主人公がなんかいい感じの会話を他の人物とすることで若干鬱屈としなくなる」という内容だったので、いい感じのエピソードとモチーフをいくつか作り、それっぽい絵やセリフを並べることでなんとかしました。形にはなりましたが、「これって読者に理解してもらえるのか?」「話としてこれで良いのか?」「漫画になっているか?」という不安と共に莫大な作業時間に身を投じることになり、辛かったです。また、やりたいエピソードが先行していたので、所定のページにきちんと収まるかどうかも不安がありました。

 というわけで、話を作る前にコマ割りの大枠を決めました。「読者に趣旨が伝わる漫画にするには、どのようなコマ割にすればいいのだろう?」ということを突き詰めてから、話を作るのです。絵が上手く描けないということは、「こちらの意図が読者に伝わりにくい」ということに他なりません。僕は題材をギャグ漫画に設定していたので、読者が「ここはオチなんだな」ということがわかるよう設計しました。

 僕なりに考えたコマ割りルールは、以下のようなものです。

ギャグ漫画のコマ割りのパターン

めくりを考慮し、各ページの各位置で何をすべきかをあらかじめ定義する

 僕の作品を例にすると、P1では「現代日本が舞台であり、主人公がオタクの社会人であること」を開示した上で、ページめくり後P2上段で、「甲冑騎士と暮らしている」という、漫画の主題となる情報を提示しました。その後は「現代日本での騎士との暮らしあるある」というコンセプトで、2P単位のネタを配置していきました。 P4-P5の形式を繰り返した上で、最後は「作品としてのオチ」「終わりのためのコマ」を配置して終了です。

 このフォーマットのおかげで、プロット・ネーム作成が一気に楽になりました。この後は簡単です。「題材・状況設定から考えて絶対にやらなくてはいけない展開」を書き出し、並べた上で、各展開のオチを偶数ページ上段(めくり直後のコマ)に配置していきます。その後は 「このオチに運ぶためには、この振りが必要」、「この前振りに向けて話には、こういう展開が必要」と逆算しながら小さなネタを詰め込んでいけば、絵が下手では意図が通じる漫画になると思います。

 限られた可処分時間の中で、わざわざインディーズの漫画を読んでくれる人は、そもそも漫画に読み慣れています。大事な情報が来るべきコマに大事な情報を配置すれば、それが大事な情報なのだとわかってもらえるし、自身なんらかのリアクションをとるべきシーンだということもわかってもらえるはずです。

 

ネームに関しての総括

 要点を言うと、「コマが話に先行する」です。これまたマジかよと思うかもしれませんが、綺麗な話を作った上で適切にネームに落とし込むのは相当熟達したスキルがないと厳しいのではと僕は思っています。少なくともプロット段階で各ページの上段中段下段どの辺りで描くつもりなのかの目測はつけたほうが良いと思います。

 

 これで絵はなんとかなるし、漫画としてもなんとかなります。後はモチベーションを維持するだけです。

 

モチベーションをなんとかする

 モチベーションを発生させる

 どうやったら描くか?締め切りがあれば描く。というわけで、コミティアに申し込みました。締め切りの観点から、今から二つ離れたコミティアが適切でしょう。直近のコミティアでは過酷すぎるので。

 モチベーションを維持する

 ネームなどで「オチ」や「来るべき絵面」が見えている状態で、ずっとペン入れし続けるのはかなり苦痛です。特に僕のような絵に課題のある人間の場合、「ペン入れすることで説得力のある絵面になり、面白さが増す」ということがありません。結末のわかっている作業をずっと繰り返し続けることになるのです。とうてい黙々と作業し続けるモチベーションは維持できません。

 と言うわけで僕はちょっと面白いコマができたら適宜Twitterにアップすることにしました。幸い僕はTwitter中毒です。Twitterでリアクションが返ってくるのが楽しく、モチベーションの維持に繋がりました。「作業の進捗を共有する」というのは有効なプロモーションにもなるので、Twitterにアップすればするほどお得です。Twitter、ありがとう。愛しているよ。

モチベーションについて総括

 モチベーションの維持にはとにかく「発表の場をコントロールする」のが大事なのだと思います。締め切りという中期的な目標に向け、短期的には進捗報告でモチベーションを維持、というのが僕にハマったパターンになります。

 

むすびに代えて、ノウハウまとめ

改めて僕がやったことを振り返りましょう

普遍的方針

  1. 描けるか自信がない場合、どうやったら描けるようになりそうか、策を考える

 まずは漫画を完成させる上での理想状態、現状、課題を整理し、そこから打ち手を考えました。

私に当てはまった三つの作戦

 「描けないものは描かずに済むようにする」

 描けるもので話を進められるよう、舞台設定や登場人物をコントロールしました。

 「コマ割りの型を作る」

 漫画っぽくするために、コマ先行で話を作りました。

 「発表の場でモチベーションをコントロールする」

 コミティアに申し込み、進捗をTwitterにあげまくりました。

 

 すごく邪道かもしれませんが、実際漫画にはなったので、間違いではないんじゃないかなと思います。「漫画を完成させてみたい」という方には、一考の余地があるんじゃないかな……。

 こっちのノウハウの方がいいよ!といったご意見はもちろんあると思います。僕としては、いろんな人がいろんなノウハウを共有していくと、漫画文化としてすごくポジティブな流れになるんじゃないかなと思います。繰り返しますが、今踏みとどまっている人が叩かれるだけのインターネットは、つらく、かなしく、むなしい……。

 

以下、想定問答

 Q:なんでゴールが「漫画の完成」なの?

 A:僕は基本的に漫画を描く人が増えること自体を善だと見なしています。

 

 Q:ネームについて、ギャグ漫画でしかコマ割りの型化は可能なのか?

 A:可能だと思います。たとえばメインヒロイン・ヒーローの魅力で牽引していく話を想定すると、型化の余地が見出せるのではないでしょうか。

 

 Q:フォーマットに落とし込まれたネームでは魅力に欠ける。もっといいやり方があると思う

 A:フォーマットに疑問を持ち、改良すべき点を見出せたなら、「完成を目指す」というステップを卒業したということなんだと思います。

 

 Q:「自分のスキルツリーで描けるネタ」を考えるのが大変なのでは?

 A:「スキルを伸ばす」よりかは、具体性と期限があるため、アクションとして実現しやすいのではと思います。

 

 Q:描けるものしか描かないと、スキルが伸びないのでは?

 A:僕は今泣いている。ただまあ自分を振り返ってみると、少しは上手くなったんじゃないかと思います。なんだかんだで描いているうちに多少はスキルが伸びていきます。

 

 Q:向かない人として、「頭の中でずっと大切にしてきた物語や、永遠の乙女ヴェアトリーチェを漫画に落とし込みたいと思っている人。」が挙げられてたけど、どういうこと?

 A:描けるものやコマ割りが先行する形での製作方法なので、ずっと心の中で大切に温め続けてきたお話や理想のキャラクターを漫画に落とし込むにあたっては、基本的に不適切です。

女甲冑騎士さんはある種僕の中での理想的なキャラクターではありますが。

 僕にとってのヴェアトリーチェは「身長が3-4mあり、腕が6本以上で各腕に肘関節が2つ以上ある、顔のない黒い女性」です。腕をたくさん描くにはそれだけ立体的に物を捉える必要があるので、どう足掻いても描けません。肘関節が二つ以上ある腕というのも、トレスではどうにもなりませんからね。これを仮に「身長1m70cm程度で腕が2本の顔のない黒い女性」に改めたら幾らか描きやすくなりますが、僕の中にいつまでも後悔が燻り続けることになると思います。皆さんも心の中にヴェアトリーチェを温めていると思いますが、納得のいかない形で彼女たちを形にするのは、幸福なことだとは思えません。潔く手を引き、来るべきときに、納得のいく形で挑みましょう。