青井タイル店

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抜け目のないクレバーな作品『モータルコンバット/ネクストラウンド』

 

前作(2021年)から5年経っての、満を持してのモータルコンバットの帰還。前回は正直逆噴射先生のブログで見る決意をした覚えがある。

diehardtales.com

 

一応言うと、モータルコンバットとは、世界の命運をかけた格闘大会のことであり、10回負けた世界は勝った方の世界の手に落ちてしまう。我々の住む世界と魔界はすでに9回戦っており、驚くべきことに人類は9連敗している。

さらに驚くべきことに、前作は、大会が始まる前に人類チームの代表選手を始末しようと目論む、魔界の悪の魔術師とその暗殺者たちとの戦いが描かれており、つまりモータルコンバットは開催されていない。

『モータルコンバット/ネクストラウンド』というタイトルだが、モータルコンバットが描かれるのはこれが初めてなのだ。この大らかさには、愛嬌があっていいと思う。

 

というわけで、『モータルコンバット/ネクストラウンド』を観た。

見たい映像が全て見れる、めちゃくちゃいい作品でした。

人の目からビームが出たり、手から炎のドラゴンが出たり、口から炎が出たりすると、嬉しい。

 

 

ついにモータルコンバットが開催されるだけあって、格闘ゲームのような一対一の戦闘がたっぷりとある。ともすれば物凄く退屈になりそうなものなのに、何度も挟まる戦いがそれぞれ全く違う味付けになっていて、それぞれしっかり楽しいというのはすごいことだ。

また、本キャラものとしても楽しい。10人を超えるキャラクターが登場し、それぞれ結構しっかりと活躍をしている様子を見ると、複雑なパズルのような脚本だなと思わされる。

バカ映画です。でも愛嬌があるでしょ?という顔をしながらも、観客がその馬鹿馬鹿しさをどっぷり楽しんだり、愛嬌をしっかり感じるために必要な、かなり繊細な工夫を抜け目なくやっているように思う。県の一番校で「馬鹿な生徒」の役回りをやっている三枚目のような趣だろうか。

 

あえて苦言を呈するなら、一作目ほど一貫したドラマがないことだろうか。前作はオリジナルキャラクターが主人公を務め、真田広之演じる伝説的忍者が絡んだ血統とその因縁という筋が通っていたものの、今回はそういう話はない。落ち目のアクション俳優であるジョニー・ケイジの再起であったり、異世界のお姫様であるキタナの復讐譚はあるものの、シナリオが複数錯綜している分それぞれはあっさりとした印象になっている。とはいえ、もうモータルコンバットには慣れただろう?と、初めからアクセルを踏んでくれているようにも思える。

 

笑いあり、ゴアあり、愛嬌あり、普通に熱いシーンありと、「ポスターの感じ」を期待して見に行って裏切られることはない。

 

大いにネタバレを含む余談(とはいえ、このネタバレで霞むような作品ではない)

  • カノウはあまりにもいい
  • 前作では、あまりにもしょっぱい魔界の光景がTLで評判になっていた。まさかそのしょっぱさの延長として「シャオ・カーンの治める世界はマジでつまらない」という事実にフォーカスされるとは思わなかった。カノウ、マジでいいキャラだ。
  • 喉を切られたライデンの傷口から凄まじい光(やたら真っ直ぐ)が放たれ続けたシーンでは、正直あまりに変すぎて声が出そうになった。笑いは我慢できた。
  • ゴアなトドメが名物になっており、特に人類側のメンバーによるトドメはある種のサービスシーンであったりカタルシスの置き場所になっているため、魔界のメンツよりも人類側の殺し方の方が全然エゲツないし容赦ない。というかなり不思議な逆転現象が起きている。しっとりとした兄弟の別離からのめちゃくちゃ容赦ない人体破壊や、万感の想いのこもったプリンセスの仇討ちからのめちゃくちゃグロテスクな頭部切断などなど、テンションのおかしいゴアが発揮される。そこだけ見ると、デカいハンマーで頭部を一撃で破壊するだけのシャオ・カーンの方がいいやつっぽいぞ。
  • 個人的には前作のサブゼロの「デカめの雹を適当にばら撒いて雑に殺す」というシンプルに嫌な質感の暴力が好きだったので、今回復活したサブゼロが氷使いで亡くなったのは少し残念だった。とはいえその分あんまり見たことないタイプのアクションをまた見れたので楽しかった。
  • 元々堕落している。堕落するほどの格がない。という理由で、闇のネクロマンサーによって復活しても人格に一切影響のないカノウ、あまりにもいいキャラクター。
  • ライデンが何を言っても「でもこいつの監督の元人類は9連敗してんだよな」ということを思い出してしまう。

 

 

 

 

 

 

ちょっと生真面目するぎるかもしれない王道ファンタジーアクション映画『マスターズ・オブ・ユニバース』

日本でマスターズ・オブ・ユニバースを知っている人はそう多くない。
元はマテル社が発売するおもちゃを中心とする作品群で、1980年代に一応日本でも『魔界伝説ヒーマンの闘い』という名前でタカラからオモチャが発売されたことはあるらしい。とはいえ、アニメの吹き替えは長らくなく、決して間口の広い作品とは言えない。
マスターズ・オブ・ユニバースを知っているのは、アメトイ好きか、NETFLIXの『ボクらをつくったオモチャたち』を観た人か、ネットミームに触れたことがある人がだいたいだろう。「BY THE POWER OF GRAYSKULL……I HAVE THE POWER!」というセリフと変身シーンは、元ネタを知らなくても見たことがある、という人が一定数いるはずだ。

あとはニール・ブロムカンプの『CHAPPIE』の、アニメのオープニングが流れるシーンで認知した人も少なからずいるかもしれない。私はチャッピーが夢中になって観ていたアニメが何なのか、あとで調べて、それがマスターズ・オブ・ユニバースだと知った

 

 

というわけで、映画『マスターズ・オブ・ユニバース』を観た。若干のネタバレを含むので注意

 

概ね面白く、良い作品だったと思う。オモチャのギミックを再現したであろうアクションにはかなり見応えがあった。特に序盤のダンカン(マンアットアームズ)とトラッパー・ジョーが隘路で射撃武器、近接武器を目紛しく変形させながら戦うシーンには、目を見張った。

もちろん、主人公アダムの筋肉アクションも見どころ。他のキャラクターがギミックを使った複雑な戦い方をする分、シンプルに肉体的な格闘で大活躍する様子は、作中でかなりの異彩を放つ。

オモチャを元にした映画、という点では見たい映像をかなり見れたように思う。

 

さて、ここから少しネガティブな話をする。

難点は大きく二つあり、シナリオの生真面目さと、 ギャグの滑り具合が挙げられる。

まず生真面目さについて。

人物のバックボーンや世界の設定を説明する際に手際のいいショートカットや、退屈になりそうな部分を語り口や描き方でユーモラスにするような、そういう巧みさはない。必要な描写や説明を全て、順当な手順で順当にこなしていく様子には、生真面目さを感じる。

ドラマ部分も、親子の関係の修復あり、どん底からの再起あり、貴種流離譚あり、旧来的な男らしさの解体っぽい話もありと、盛りだくさんになっている。80年代のマッチョなオモチャをテーマにした映画を作るなら、こういうテーマを入れておかなきゃいけないよね、という極めて常識的な視点を、極めて律儀に打ち返した結果だろう。怠慢は一切ない。ひたすら生真面目だ。ただ、その生真面目さが、この映画が本当に語りたかったはずのこと——おもちゃと子供、遊びと真剣さ、その関係——を希釈してしまったように思う。
比較として思い浮かべてしまうのが、『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』だ。あの映画は「負けたとしても、負け続けなければならない」というメッセージを、メタ的な説明を一切挟まずに描ききった。そのまま受け取ればどん底からの再起の話として機能し、TRPGとして読めばダイスの不運に立ち向かい続けることの話として機能する。語りたいことが一本に絞られているから、二重に刺さる。本作はその逆で、語りたいことが多すぎて、何を持ち帰ればいいのかが散漫になってしまっているように思う。

余談

この映画の公開前、少なくない人が『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』のような、予告や広報の不安を裏切るような大傑作であることを期待していたと思う。私はその口だ。

 

 

ギャグについて

この映画のギャグはほぼ全てが上滑りしていて、没入感を阻害している。
だいたいのギャグが「面白いエピソード」になっておらず「面白い冗談を言う・面白いやり取りをする」という小手先のものになっているのが原因だろう。ユーモアというものがそもそも持つ副作用ではあるものの、笑いを取ろうとする瞬間、人は状況をメタ的に見る必要がある。キャラクターの個性による真剣なすれ違いといった形でギャグを作らず、今のこのシーンで、そこまで冷めた視点を持たせていいのか、という疑問が浮かぶものになっていた。
とはいえ、こうしたギャグはだいたいは悪役がやっている。悪人が没入しきれない冷めた視点の持ち主である、というのは、オモチャの世界(エターニア)への憧れをコアに持つこの作品では、造形として理にかなっているかもしれない。
実際、本作の最大の悪役であるスケルターは、絶大な力と権力を持ちながらも、それは一時のものだと理解していて、力の剣を手に入れなければ意味がないと考えている。つまり、自分の栄華にもどこか冷めた目を向けている存在だ。今この瞬間を本気で信じることができない人間は、半笑いで場をやり過ごそうとする。そう読むと、スケルターのギャグは単なるギャグではなく、キャラクターの空虚さの表れとして機能しうる。
一方のアダムは、「剣」の他は何事にも真剣になれず何者にもなれないという焦りを抱えた人物だ。心根の優しさや友人の有無という違いはあるものの、ここではないどこかに行くために剣を求め続けるアダムとスケルターの対立軸は、映画が描こうとしているテーマの核心に触れていたように思う。だからこそ、スケルターのギャグが滑るたびに「惜しい」という気持ちが募った。笑いの失敗が、この映画に宿りかけていたものを、その都度少しずつ冷やしていったように思う。

 

 

ネガティブな点を挙げたものの、あえて挙げたといった節もある。結局は楽しめるし感動できる作品だった。

特に、アダムの持つエターニアへの愛着は切実だ。おもちゃで真剣に遊び、空想の世界で暮らしていたタイプの人間にとって、胸がはり裂けるようなものをこの映画は描いている。
終盤、アダムがエターニアの住人たちに「僕は君たち全員を知っている」と語りかけるシーンがある。15年間地球で暮らしたアダムなので、彼の認識はだいたいが子供時代に生み出した勝手な誤解だったりする。だけれど、それこそがおもちゃだと私は思う。遊び主である子供だけが知っている、オモチャの真実がある。それは元の世界の住人にとっては眉をひそめるようなものだったり、不名誉なものかもしれないけれど、子供は真剣だ。
私にもそういうものがあった。
どこかのフリーマーケットで兄が買ってもらったであろうソフビ(特急指令ソルブレインのものだった。今日調べて元ネタを知った)は腕が折れていた。
私はそれをロックマンのようにエネルギー弾を放つキャノンに見立て、主にグリッドマンのソフビと一緒に、オルガやデストロイア、イリス、アパテーと戦わせていた。負けたヒーローは死後の世界である冷凍庫に紛れ込ませ、倒された怪獣はおもちゃ箱の一番底(暗く重たい地獄)に突っ込んだ。ウルトラマンゼアスは柔らかいから、ビーファイターの基地のオモチャの車庫に格納していた。彼の発進基地だった。
そういう、本当の設定とは違うけれど、子供だけが遊びを通して知っている「設定」というものはある。アダムがエターニアの住人たちに向けた言葉は、その意味では完全に正しい。彼は本当に、彼なりのやり方で、彼らを知っていた。

親子の関係の修復や、再び立ち上がることの大切さを語るドラマの尺を、そうした真剣さ、切実さに割き、冷めた視点の悪役との戦いをしていたら、私は劇場で泣いていたかもしれない。

余談

  • メインテーマを要所要所で流すところは良かった。もっと欲を言えば、アニメのオープニングシーンのBGMを爆音で流してくれたらかなり感動したかもしれない
  • 予算の問題なのか、クリンジャーが全然出てこないのは勿体無いように感じた。
  • キャラクターは数多く出ているものの、あまり捌ききれていない印象も感じた。ロボトはインパクトの強いキャラクターだけれど、不自然に姿を見せないシーンが見受けられる。もっと喋らせてほしい。
  • アダムのルームシェア相手はいいキャラクターだと思う。洋画に出てくるルームメイトの友達キャラはだいたい気に入ってしまう
  • ニコラス・ガリツィンはここではないどこかを常に求めてぼんやりしているオタクの役を演じるのがうますぎて、「これはアダムの妄想なのでは?」という読み筋を与えてしまっているように思う。俳優というのはすごい。
  • ギャグはだいたいが面白くなかった、という話をしたものの、ペニスに関するギャグは正直面白く感じた。ただ、私はかなりペニスに甘いので、ペニスに関するギャグが私にとって面白かったとしても、客観的にギャグの質が優れていることを担保できない。
  • でもアメリカのまんだらけみたいなところで物凄い美形の大男が「剣(明らかにペニスのことだ)」のためにオタクやフィギュアを物色していたら、面白いだろ
  • 力の剣(どう考えてもペニスのことを指している)によって自己実現を果たそうとするアダムとスケルターのドラマで親子関係、父としての振る舞い、マッチョの解体をやるのは、自然な成り行きかもしれない。
  • チンチンデビルを追え!は面白いです

 

 

顔が見えない鎧が好き。最近見た映画:『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』

こんにちは、青井タイルです。
映画やゲームがそこそこ好きで、甲冑が大好きです。特に顔が見えないと嬉しい。
というわけで、『マンダロリアン・アンド・グローグー』を観てきた。

 


一応の補足。そもそもの本作の位置付け


『マンダロリアン』はディズニー+で配信中のドラマシリーズだ。位置付けとしてはエピソード6『ジェダイの帰還』の後で、エピソード7『フォースの覚醒』より前。銀河帝国が崩壊し、混沌とした銀河で生きる賞金稼ぎ(マンダロリアン。本名ディン・ジャリン)と、不思議な力を持つ子供(グローグー)の絆を描いた、スペース子連れ狼といった趣の作品で、今回の映画はそのシーズン3の続編にあたる。


感想(若干のネタバレあり)


おつかいがあり、厄介ごとがあり、その厄介ごとがさらなる厄介ごとを呼ぶ。本編への影響は最小限に抑えながら、キャラクターの成長やゲストキャラクターの登場がきちんと盛り込まれている。ドラマシリーズの劇場版としてやるべきことを詰めた、という印象だ。ゲストキャラクターがチラ見せ程度ではなくガッツリ活躍する、という意味ではかなりサービス精神が旺盛と言えるかもしれない。
タイトルに「グローグー」とあるだけのことはあって、ディン・ジャリンとグローグーの視点が同等に描かれ、タイトルの意味がきちんと回収されていた。これはうれしい。グローグー視点の物語というのはドラマシリーズではなかなか得られなかいものだから。

グローグーが活躍する本作の中盤は、ある意味劇場でしかやれない展開とも言える。派手な戦闘を描かず、危険な密林でグローグーのパペットが奮闘する様が15分程度続くのだ。ああしたゆったりした尺の裂き方は、配信ではなかなか難しいのではと思う。勇気のいる判断だったように思えるけれど、実際いいシーンになっているので挑戦は成功している。


スターウォーズ、その裏切りの歴史(ただし今回は除く)


スターウォーズは本編しか見たことがない私だが、今回の劇場入りのきっかけは『ウィキッド Part2』の予告だった。映ったマンダロリアン(ディン・ジャリン)があまりにもかっこよかった。鎧だし、顔が見えない。素晴らしい。
私にとって、スターウォーズは基本的に期待を裏切る作品だ。グリーヴァス将軍やキャプテン・ファズマを予告で見て、そのビジュアルのあまりの良さに胸を膨らませて劇場へ行き、意気消沈して帰る——そんなことを繰り返してきた。ビジュアルで気に入ったキャラクターほど活躍しない、という印象がある。それでもキャプテン・ファズマのフィギュアは買ったけど。かっこいいから。
でも今回は大丈夫。外伝で、主人公だから。
そして実際、大丈夫だった。ディン・ジャリンはひたすらかっこいい。最初から最後までほとんど顔が見えない。
そう、今回の映画でディン・ジャリンは一度だけ素顔を見せる場面がある。一度だけ。この程度なら許容できる。なぜなら、それがドラマ的に意味のある瞬間だからだ。
そもそもディン・ジャリンを演じるのはペドロ・パスカルだ。私はかつて『ゲーム・オブ・スローンズ』と『ナルコス』で「なんだこのかっこいい人は!?」とたまげたことがある。『イコライザー2』のペドロ・パスカルも良かった。そんなわけで、彼には昔から好感がある。

(ドラマシリーズでも重要な場面を除いてディン・ジャリンがその素顔を見せることはない。だいたいシーズンの山場である種のカタルシスとしてペドロ・パスカルのご尊顔が出てくる。)


パペットっていいね


グローグーは本当に可愛い。グローグーのような小さな生き物をパペットで表現したのは英断だったと思う。グローグーやアンゼラン(作中に登場する小さなエンジニアたち)がちょっと動くたびに、劇場が「フッ」と温かい微笑みに包まれる——あれはパペットだからこそだと思う。CGの繊細な動きでは、あそこまで劇場全体に愛されることはなかったのではないか。

この映画の視聴体験はなかなか稀有で、「人の微笑む音」が聞こえた。笑い声でも歓声でもなく、劇場全体がほんの少し柔らかくなるのだ。

近しい体験は『花の詩女 ゴティックメード』(劇場公開しかなく、観客の意気込みが凄まじい)で緊迫したシーンになるたびに「ハッ」と息を飲む音が聞こえた時くらいだろうか。

ともかく、映像的に楽しく、心温まる場面もあり、主人公が超かっこいい。やりたいこが明確で、それを実際にやれているいい映画だったと思う。

 

 

余談(ネタバレを含む)
  • スコセッシ演じる猿はなに?
  • 「銀河マフィアの玉座の間の中央には落とし穴があり、底には大きな池があって槍を持った暗殺者とか、ドラゴンスネークという毒のある超怖いデカい蛇がいて、マジで危ない」という展開には、これが世界的シリーズの横綱相撲ってやつか……と思わず感心した。王者は王道を進むことが許されるのだ。
  • 本作で一番いかがわしいシーンは、死にかけのディン・ジャリンに虫がたかるところだと思う

 

 

さらに余談

 

顔の見えない鎧の人が好きです。私が原作をやっている女甲冑騎士さんとぼくをよろしくお願いいたします。

 

 

ラテンアメリカをみよう!最近見た映画:ラテンアメリカの旅、三人の騎士、リメンバー・ミー、ミラベルと魔法だらけの家

 

先日ディズニーシーに行った。いいよね、ディズニーシー。

というわけで今日はディズニーのラテンアメリカ関連作品の話をします。

 

今回話す作品

『ラテンアメリカの旅』(1942年)、『三人の騎士』(1944年)、『リメンバー・ミー』(2017年)、『ミラベルと魔法だらけの家』(2021年)。

ネタバレがあるから要注意です。あと、全肯定的な言及ではないから、熱心なファンにはお勧めできないです。俺は四作とも好きだけど。

 

 

前2本は、私がディズニーでもっとも好きなキャラクターの一つであるところのホセ・キャリオカが登場する。内容としては現代人から見ると怪作に映るだろう。これはこれで見応えがある。

後ろ2本は傑作だ。特に音楽・物語・美術のどれをとっても水準が高く、トラウマに端を発する家族の抑圧というテーマへの踏み込み方は、家族ものとして誠実だと思う。(現代日本人からすると「そんな家一旦出ちゃって距離を取ろうよ」となってしまうところだけど)

この4本を並べると、ディズニーがラテンアメリカをどう描いてきたか浮かび上がってくるかもしれない。以下はそのメモだ。

 

どんな映画か。前2本について

まず前2本について説明しておく。

『ラテンアメリカの旅』は、ディズニーが南米を実際に視察した記録映像と、そこからインスピレーションを得たアニメを交互に挟む短編オムニバスだ。子供の飛行機が頑張って郵便配達をし、ドナルドダックがリャマと格闘し、グーフィーがガウチョに挑戦し、最後はブラジルでドナルドが洗練された都市住民であるところのオウムのホセ・キャリオカと踊る。

『三人の騎士』は前作のホセ・キャリオカ(ブラジル)にメキシコの雄鶏パンチート・ロメロ・ミゲル・ジュニペロ・フランシスコ・キンテロ・ゴンザレス三世が加わり、ドナルドダックと三羽の「仲良し」が中南米を巡る作品だ。実写の女性歌手・ダンサーとアニメキャラクターを同一画面に共存させる技術的な実験作でもある。ドナルドが実写のラテン系女性たちに欲情し続けるシーンが思いもよらない長さの尺でもって延々と続く。

現代の視聴者がこれらを見ると、まず奇妙さに当惑する。アニメと実写が混在し、ラテン系の女性たちがドナルドの欲望の対象として次々と登場する。全体に「頑張って仲良くしようとしている」という過剰な友好感が漂っていて、どこかチグハグだ。

この奇妙さは、制作背景を考慮すると、少し理解しやすくなるかもしれない。

 

国策としてのラテンアメリカアニメ

1941年初頭、アメリカが第二次大戦に参戦する前、アメリカ国務省はディズニーに南米親善ツアーを依頼した。善隣政策の一環として、米国・中南米両方で上映できる映画を作ることが目的だった。

背景はナチスへの危機感だ。ルーズベルト政権はラテンアメリカへの枢軸国の影響力拡大を懸念しており、ハリウッドの芸能人たちを南米に送り込んで、それまでの侮辱的なラテン系描写の埋め合わせとして友好的なコンテンツを作ろうとしていた(PBS SoCal "How to Read El Pato Pascual")。

その一環として、ディズニーはOIAA(米州問題調整局)との契約のもとで「善隣的な映画」を制作した。これらの映画は「アメリカへの肯定的な見方を強化し、ラテンアメリカ人の心の中で枢軸国への支持を弱める」ために設計されていた("Saludos Amigos: Disney Propaganda for Latin America", The Americas, Cambridge University Press, 2025)。要するに、『ラテンアメリカの旅』と『三人の騎士』は国策映画というだ。

ディズニーご一行の南米訪問にはもう一つの動機があったことも付記しておきたい。1941年5月にスタジオでアニメーターたちのストライキが勃発した。連邦調停員は組合側のすべての主張を認める判断を下し、ウォルトは緊張緩和のためにラテンアメリカ・ツアーへと出発した。ちなみに、その不在中にストライキは解決された(Animation Guild "The Disney Strike, 1941")。友人たちに「ストが引き起こした不安から離れて休息を取るよう」勧められてのことだったという(libcom.org「The Disney cartoonists strike, 1941」)。

※libcom.orgは労働運動系のアーカイブサイトで政治的立場が明確だが、ストライキの事実関係についてはAnimation Guild等のソースと一致していそう。

国家的な使命と個人的な逃避が重なったこの旅が、二本の映画の出発点だ。いろんなものが詰め込まれすぎているな。

 

 

ちょっとエッチなラテンアメリカ

この二作でラテンアメリカはクリシェに満ちた「憧れの場所」として描かれ、交流は概ね同じ脚本に従っていた——アメリカのキャラクターが新しい場所に来て、ドタバタを演じ、最終的にはラテンアメリカの相手から助けられ、少しからかわれる。

この構造は一見ラテンアメリカへの敬意のように見える。が、アメリカが見たいラテンアメリカを提示しているにすぎない。陽気で・エキゾチックで(あとちょっとエッチで)・アメリカの友人である人々。文化は賑やかしになり、人々に内面はなく、というかセリフらしいセリフが基本的にない。

特に『三人の騎士』で露骨なのが、ラテンアメリカの性的対象化だ。ドナルドが現地の女性たちにハッスルするシーンは、現代の目には不快なほど直截だ。ちょっと圧倒される。ここは凄みを感じるので、ディズニープラスで『三人の騎士』の終盤、メキシコのビーチのシーンを見てみてほしい。ラテンアメリカという友好的であるべきだが、同時に欲望の対象でもある。その二重性が現れていると言ってもいいだろう。

当時ディズニーはラテンアメリカを必要としていた。ナチスへの対抗上からも、スタジオの存続上からも、ウォルト個人の事情からも。そうして結実したのがこの怪作だったと言えるだろう。

 

余談だけれど、ホセ・キャリオカとパンチートの扱いの違いも興味深い。ホセ・キャリオカはリネンのスーツを身にまとい、傘をステッキのように扱い、葉巻を吸い、酒や音楽で優雅に遊ぶ、洗練された都市住民として描かれるている。一方、メキシコのパンチートはソンブレロを被って奇声を上げながら銃を乱射する。
これは国策上の「ゴマスリ」の濃淡をそのまま反映しているのかもしれない。善隣政策の重点地域はアルゼンチン・ブラジル・チリで、大規模なドイツ系移民を抱えるこれらの国へのナチスの浸透が最大の懸念だった。実際ブラジルは1941年の時点でも枢軸国側から同盟国と見なされていたほど、ナチスドイツとの関係が深かった。一方メキシコは隣接国として既に経済的結びつきが強く、米墨友好は重要ではあったものの、善隣政策という文脈では最優先とは言えないものだった。 
好かれる必要が高い順に丁寧に描く——そう読むと、ホセの洗練とパンチートの乱暴さの落差が、妙に腑に落ちる。素朴すぎる読みかもしれないけれど。

 

 

近年のラテンアメリカ描写。

では、この「必要性」は、80年後の現代作品だとどうなっているのだろうか?

後2本についても説明しておく。

『リメンバー・ミー』は音楽を禁じる家族に生まれたメキシコの少年ミゲルが、死者の日に死者の国へ迷い込む物語だ。亡き伝説のミュージシャン・デ・ラ・クルスの秘密と、家族の歴史の謎が交差する。

『ミラベルと魔法だらけの家』はコロンビアの山奥に住む一家の物語だ。家族全員が特別な魔法を持つ中で一人だけ能力に目覚めなかった少女、ミラベルが主人公だ。家族の魔法が失われつつあるという危機を乗り越えようとするうちに、一家全員が「役割」のプレッシャーのもとで傷を抱えていたことが露わになる。

 

三人の騎士からの変化は明らかだ。まず文化の扱い方が違う。

三人の騎士において死者の日的なイメージが出てくるとしたら、おそらくガイコツの衣装を着た陽気な踊り子(エロい)として登場しただろう。賑やかしとして。リメンバー・ミーはそうではない。死者の日という文化を、物語の構造そのものに組み込んでいる。「死者は生者に記憶されている限り死なない」という死者の日の世界観が、そのままミゲルの旅の論理になっている。文化が背景装飾ではなく物語の骨格になっている——これが三人の騎士との最大の違いだと思う。

そして後ろ二作を並べると、共通する構造が目につく。

トラウマを抱えた強権的な女性家長が、家族の規則・使命を定め、それが主人公への抑圧になる。ママ・イメルダは「音楽を禁ずる」という家訓を残し、アブエラは「魔法を使い、村の役に立て」という使命を家族に課す。どちらも悪意からではない。自分が経験した喪失と恐怖が、「こうしなければ家族を守れない」という強迫的な確信に変容したものだ。

ただしトラウマの性質は異なる。ママ・イメルダのそれは誤解・嘘によって生じていた。エクトルは家族を捨てたのではなく、仲間のデ・ラ・クルスに毒殺されていた。家族が信じてきたトラウマの物語が、実は「嘘」の上に成立していた。アブエラのそれはより直接的だ。夫ペドロが目の前で殺され、新生児の三つ子を一人で育てなければならなかった。

解決の方法も異なる。リメンバー・ミーはトラウマを払拭する。嘘が暴かれ、エクトルの愛が明らかになることで、家族を縛っていた記憶そのものが塗り替えられる。ミラベルはトラウマを理解し、寄り添う。アブエラが変わるのは、ミラベルがその傷の深さを知り、共に抱えようとしたからだ。

前者は構造的な解放、後者は情緒的な和解とも言える。

 

何が変わったのか

 

さて、40年代の二作からの違いとして注目したいのは制作体制の変化だ。リメンバー・ミーの共同監督・脚本家エイドリアン・モリーナはメキシコ系アメリカ人で、ミラベルの共同監督・脚本家シャリーズ・カストロ・スミスはキューバ系アメリカ人だ。1940年代の二作がラテンアメリカへの完全な外部からの視線で作られていたのに対し、21世紀の二作にはある程度の当事者性がある。
ただしその当事者性は、作品の舞台であるメキシコやコロンビアの「現地の経験」ではない。モリーナはカリフォルニアで育った移民二世として、「メキシコ系のアイデンティティと家族独自の文化の境界がわからなかった」と語っている(Remezcla, 2017)。アブエラの着想源として自身の祖母との絆を挙げている(AP通信, 2021)。どちらの「当事者性」も、舞台となる国ではなく、アメリカで生きるラテン系移民コミュニティの経験に根ざしていると考えた方が良さそうだ。
だとすれば、この二作が描く「リアリティ」(世代間トラウマ・役割の強制・家族の抑圧)も、メキシコやコロンビアのリアルそのものというより、アメリカに生きるラテン系移民コミュニティのリアルとして読む方が正確かもしれない。実際、あるラテン系学生もこう語る。「特にラテン系コミュニティには共感できる。移民や移住から来る世代間のトラウマが映画の中に描かれているから」(Huntington News, 2022)。。

※Huntington Newsは学生が運用するメディア。「この映画がラテン系コミュニティにどう受容されたか」の参考例としてあげる。日本在住の日本人である私が「たぶんこうじゃね?」と言うよりかは説得力があるだろう

 

物語のオチを見ても、ミゲルは「音楽への夢を追う権利」を獲得し、ミラベルやその他の子どもたちは「能力と関係なく存在価値を認めてもらう」。これらはラテンアメリカ的な集団主義の変容というより、アメリカ的個人主義の物語がラテンアメリカの衣を纏ったものという読みが成立する。加えて言えば、その「衣」の中身もまた「ラテンアメリカの経験」ではなく「移民コミュニティとしてのアメリカの経験」だ。描く側も、描かれる内容も、アメリカを経由している——この二重の意味で、これらはラテンアメリカの物語であると同時にアメリカの物語でもある。アブエラは変わるが、マドリガル家という共同体の枠組み自体は解体されない——個人が共同体に「正しく統合される」という解決は、移民社会・多文化社会としてのアメリカが必要としている物語の形そのものかもしれない。

(ミラベルの「ミラベルが魔法の力に目覚めて家族の魔法の力を復活させる」というオチは、本当にそれでいいのか?という気持ちにはなったものの、まあ世界から魔法がなくなるのは寂しことだ。夢のあるオチとして受け入れたいと思う。魔法の家カシータも可愛げのある存在だし。)

 

まとめ——変わったものと変わらなかったもの

80年弱でディズニーのラテンアメリカ表象は確かに変化した。

善隣政策の時代と、2020年前後。ディズニーは二つの観点からラテンアメリカを必要とした。1942年・1944年は枢軸国への対抗という政治的必要性だった。2017年・2021年はラテン系市場や多文化主義的なブランド価値という商業的・文化的必要性だ。

ただ、この「構造」だけで作品経験の全てを説明できるわけではない。ホセ・キャリオカは結局のところかなり可愛いし、ご機嫌なラテンアメリカの美術や音楽は魅力的だ。また、『リメンバー・ミー』や『ミラベル』が多くの観客にとって切実な作品として受容された事実もある。これらは、私がここまで語ってきたことでは拾いきれていない魅力がたくさんある証左だろう。

 

余談1 ところでなんかリメンバー・ミーとミラベルって似てない?


アブエラやママ・イメルダの設定はかなり似ているように思う。二人とも、家族の規則を定め、その維持に人生を捧げ、外れ者を許さない。これって現実をある程度反映したものなのだろうか?それとも作劇上の都合なのだろうか?
答えは半々といったところだろう。


まず、男性優位のラテンアメリカ社会においても、家庭内の実質的な権力(規則の設定・家族間の関係の管理・逸脱者への制裁などなど)が祖母・母といった女性に集中することはある。男性が「外」(場合によっては出稼ぎにもなる労働や、戦争)を担う一方で、家の内部を守り、関係を繋ぎ、秩序を維持する役割は女性に集まりやすかったということなのだろう。
実際、女性の家長は、ラテンアメリカ文学の中に繰り返し登場する人物像でもある。同じコロンビアを舞台にしたガルシア=マルケスの『百年の孤独』に登場するウルスラはその典型だろう。奇人変人だらけの登場人物の中で、150歳近くまで一族の血を絶やさぬため生き続けた彼女は、男たちが戦争・錬金術・女遊びに明け暮れて次々と破滅していく間も、一人で家を守り続ける。そして近親相姦を禁じる家訓を残す——つまり「家族を守るための規則を次世代に課す」という行為をする。アブエラやママ・イメルダと同じ構造だ。ガルシア=マルケスは幼少期を祖父母と暮らし、村の伝承が作風に影響を与えたと言われており、ウルスラには実際の祖母の面影があるとされている。ミラベルの舞台もコロンビアだ。この一致は偶然ではないと思う。(というか百年の孤独が作ったステレオタイプかもしれない)
ママ・イメルダが「音楽を禁ずる」という家訓を残し、アブエラが「魔法を使い、村の役に立て」という使命を家族に課のは、この女性家長的な権威の表れとして読める。家族を守るために自らを犠牲にしてきた女性が、その「守り方」を絶対的な規則として次世代に課す。だいたい百年の孤独のウルスラだ。
ただし留保も必要で、これはこれで一種のステレオタイプであり、アブエラとママ・イメルダはこの文化的枠組みの上に成立しているけれど、それが「ラテンアメリカの女性の普遍的な姿」を意味するわけではないということだ。
また、これは推測だけれど、父親を抑圧の源泉として描くことで生じる、マチスモや有色人種男性への否定的描写を避けたいという、制作側の選択もあるのかもしれない。文化的リアリティと制作上の安全な選択(ある種の逃げ)が重なることで、短いスパンで世に送り出された二作が同じような構造をとったのだろう。

 

 

 

余談2 でかいメガネは「配慮」なのか——ところでミラベルって可愛くない?


日本での公開前にミラベルのキャラクターデザインが「ポリコレ」と批判されたことがあった。
その批判に妥当性はないように思う。ミラベルのキャラクターデザインはストーリーとうまく噛み合っている。ミラベルは表面的に、村の子供達相手にはヘラヘラと陽気な振る舞いをしているものの、能力を持っていないこと・貢献できていないことに焦りを感じており、美人でチヤホヤされている姉のことを「悩みがなさそう」と嫌っている。同様に、力自慢の働き者の姉についても悩みがあるとは思っていない。実に身につまされる造形だ。まるで「陽キャ」や「体育会系」は悩みがないし何も考えてなさそうと勝手に思っていた思春期の我々(大きい主語)みたいじゃないか!!!!!!!!!!!!そういう意味で、でかいメガネをかけたキャラデザはうまいこと機能しているように思う。シナリオ上の振る舞いとキャラクターデザインが噛み合っているのは、良いことだろう。(根暗にメガネかけさせようぜという発想はステレオタイプに則ったもので、むしろ「配慮」に欠けると言ってもいいかもしれない)
もっと不適切な話をすると、表情をコロコロ変えながら歌ったり踊ったりしているミラベルはだいぶ可愛らしい。お姉さんたちは激マブだ。色が黒い、顔が丸いという理由で外見の美しさを否定するなら、それは美的感覚の狭量さ、陳腐さを表明しているに過ぎない。マジで可愛いよ。

いずれにせよ、主人公のキャラクターデザインがシナリオを犠牲にしているとは思えないので、配慮を優先したものとして批判される謂れないだろう。

(たとえば四畳半神話大系の主人公がヒョロヒョロのメガネであることでもって、東アジア人男性への「過剰な配慮」として叩いている人物がいるとしたら、まず驚くだろう。私にはそういう問題のように思える)

 

 

余談3 『私ときどきレッサーパンダ』(2022年)


こちらもミラベルと並べると面白い比較になる。
ドミー・シー監督はカナダ育ちの中国系移民二世で、自身の経験を下敷きにした作品だ。抑圧的な母系一族、移民コミュニティの期待と自己実現の葛藤、当事者のクリエイターが描くという構造は、ミラベルとほぼ重なっていると言える。
主人公のメイはティーンエイジャーのオタク少女で、このキャラクターデザインがやはり「ポリコレ」として一定の批判を受けていた。
二作を並べると、「日影者」を代弁するキャラクターとして丁寧に設計されたものが、まさにその「日影者」らしさゆえに批判されている。その批判が作品の内容より「見慣れないキャラクターデザイン」への反射的な反応だったとすれば、日影者であるところの私からすれば、なんだか勿体無いことのように思える。

 

 

ベストアルバム100:音楽にコミットしていない人間のチョイスを見てみよう!

 

オールタイムベスト的なチョイスには、必ず選者の意図が入り込む。そこには見ているものや踏まえている文脈、伝えたいメッセージ、目配せ、誇示がある。

さて、ここに特にシーンを追っておらず、音楽批評を読んでおらず、体系的に掘ったジャンルのない人間がいる。私だ。

そういう人間がアルバムを100枚選ぶとこうなる、という記録である。

音楽好きの人から見ると、もしかしたら脈絡の突飛さが面白かったり、素朴に音楽をチョイスしてきたからこそわかるバックボーンや習慣があるかもしれない。

原則として同一アーティストの重複は避けた。ただし例外がいくつかある。

順番に意味はない。思いついた順に書いた。あと全然singleも入ってる

 

1.リスト

2.私のバックボーン

3.リスト(選出背景付き)

という形で紹介しようと思う。2と3は答え合わせ的に楽しんでいただきたい


リスト

1. ミサ曲ロ短調 / カール・リヒター(1962年)
2. マタイ受難曲 / バッハ・コレギウム・ジャパン(新録の方)
3. たのしみ / U-zhaan, 環ROY, 鎮座DOPENESS
4. Pushin' / STUTS
5. Jazz / Алекса́ндр Цфасман 
6. 音楽のある風景 / haruka nakamura
7. 袖の汀 / 君島大空
8. 祝いのうた / 森ゆに
9. カナタの旅 Live at 横浜開港記念会館 / baobab + haruka nakamura
10. 超かぐや姫!
11. Monteverdi: Teatro d'amore / Christina Pluhar , L'Arppeggiata 
12. Ultravisitor / Squarepusher
13. Lonely People With Power / Deafheaven
14. DESTINY/ NONA REEVES
15. カーテンコール / に角すい
16. ブエノスアイレスのマリア / 小松亮太
17. Steve Reich: The ECM Recordings / スティーヴ・ライヒ・アンサンブル
18. Illinois / Sufjan Stevens
19. Something/Anything? / Todd Rundgren
20. Spinners / スピナーズ
21. 「負けヒロインが多すぎる!」マケイン応援!カバーソングコレクション
22. Pra Você, Ilza/ Hermeto Pascoal
23. Maiden Tower / Elchin Shirinov
24. What's Going On / Marvin Gaye
25. 来るべきもの~Lo Que Vendra / 小松亮太
26. Piazzolla Centenario / CRduo & アストル・ピアソラ
27. 夏季悲歌 / 四枝筆
28. ベスト・コレクション / 松原みき
29. Silk Road Journeys: Beyond the Horizon / ヨーヨー・マ & シルクロード・アンサンブル
30. Another Day / 韻シスト
31. Somewhere / C.O.S.A × KID FRESINO
32. 喜哀 / OMSB
33. Jasmine / 唾奇 × Sweet William
34. Heaven's 恋文 / 志人
35. 主の祈り / 高田三郎
36. 野口、久津川で爆死 / モーモールルギャバン
37. Scenery / Ryo Fukui
38. ゆゆ式 オリジナルサウンドトラック / sakai asuka
39. メルヘントリップ / なのるなもない
40. ハワイの休日 / 加山雄三
41. En el Olympia / Julio Iglesias
42. Modal Soul / Nujabes
43. Luv(sic) Hexalogy / Nujabes feat. Shing02
44. 何度でも新しく生まれる / MONDO GROSSO
45. 魔法のメロディ / さよならポニーテール
46. cocoon ep / sora tob sakana
47. Le meilleur de Michel Legrand / Michel Legrand
48. metafysik / eufonius
49. Rollercoaster (feat. Sam Frank) / Skream
50. Lilies of the Valley / 三宅純
51. 12&1 Song / haruka nakamura & Janis Charch
52. 鉱石ラジヲ / 新井昭乃
53. 俺の彼女と幼ジミが修羅場すぎる1 /自らを演出する乙女の会
54. () / Sigur Rós
55. Stranger to My Room / Sonicbrat
56. Tell Your World / livetune
57. Liminal Space / xanopticon
58. the beach boys today! / the beach boys 
59. Wang / 王舟
60. Wicked: The Soundtrack / ウィキッド・ムービー・キャスト
61. O.G. Swing / YoYo the "Pianoman"
62. Waltz for / BEAU PAYSAGE
63. ぼくらの空気公団 / 空気公団
64. スーパーベスト / ゴンチチ
65. メロディーズ / 蓮沼執太
66. 嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん「幻想の在処は現実」 / bermei.inazawa
67. Trooper Salute / Trooper Salute
68. Duke Ellington HITS & RARITIES / Duke Ellington
69. 正しく忘れる / 望月起市
70. 棘ナシ / トゲナシトゲアリ
71. きゅうくらりん / いよわ
72.  פנחס ובניו /Pinhas & Sons
73. Crescendo / Crackazat
74. 緑黄色人種 / Shing02
75. 赤落+3 / 鬼一家
76. STILLING, STILL DREAMING / THA BLUE HERB
77. 町かどタンジェント / よいまちカンターレ / コーロまちがど
78. DARK SOULS III OST / フロムソフトウェア
79. MY SPACE / S.L.A.C.K
80. Hairspray Original Broadway Cast Recording/Original Broadway Cast of Hairspray 
81. Moira / SoundHorizon
82. Thank You! / いとうかなこ
83. Midnight Marauders / A Tribe Called Quest
84. バテン・カイトス 終わらない翼と失われた海 OST / 桜庭統
85. Blasphemous OST / Carlos Viola
86. OIL LACQUER / Jamo Lacquer & Olive Oil
87. everyday is a symphony / 口ロロ
88. Русское Наследие / Александр Вертинский
89. 魔法少女まどか☆マギカ ultimate best / Kalafina
90. バッハ/インベンション (全音楽譜出版社刊)準拠/ 渚智佳 & 藤原亜美
91. 愛のシュプリーム! / fhána
92. MOUNTAIN DANCE/ デイヴ・グルーシン
93. Waltz for Debby(Remasterd)[Live] /ビル・エヴァンス・トリオ
94. Goodair + Minimissing / Nikakoi
95. マホロボシヤ / 青葉市子
96. アワーミュージック / 相対性理論 & 渋谷慶一郎
97. The Electricity in Your House Wants to Sing / I Am Robot and Proud
98. 夏色プレゼント/あおい,ひなた,かえで,ココナ
99. Goldberg Variations / Glenn Gould
100. 望~月を亡くした王様~ / 降神


答え合わせ——私の音楽遍歴

見ればわかると思うが、体系的なリストではない。タンゴが複数枚ある一方でロックがほぼない。バロック声楽がいてゲームサントラがいて日本語ラップがいる。特定のジャンルのシーンを追った形跡がない。これは意図したわけではなく、結果としてこうなった。


00年代:小学・中学時代

だいたいの曲の仕入れ先は親か、年の離れた兄を持つ友人だった。同世代の音楽より一世代上の音楽に先に触れた。Marvin Gaye、Michel Legrandのあたりはこの経路。バッハやタンゴもそうだ。

ちなみにこの頃、家族での自動車旅行中、兄がJ-Popの女性ボーカルばかり流すことについて、母が「四拍子の女声しか聴けないか?」と叱咤していた。そういうわけで、無意識に曲を選びにあたってそうしたチョイスを避けるようになったかもしれない。

中学では吹奏楽(サックス)もやっていたけれど、どうやら吹奏楽のオリジナル楽曲はあまり好きではないらしい。この頃はジョジョの影響であったり友達の作った最強アルバム(いろんなかっこいい曲が入っている)もあって洋楽ロックも聴いていたが、20代以降はほとんど聴かなくなった。


00年代末〜10年前後:高校時代

この時期は三つの経路で曲を仕入れていた。

ひとつは、ネットを使って音楽を探す友人から教わるHip Hop。降神やTBHはまさにそう。

もうひとつが、ニコニコ動画のエレクトロニカ系プレイリストを漁ること。当時は「○○な時に聞きたいエレクトロニカ」といったプレイリストがたくさんあった。ジャンルへのコミットよりも「この雰囲気」という切り口で音楽を知っていく感覚は、同世代のネットに親和的な層にはあり程度共通しているかもしれない。haruka nakamuraもこの経路だった。

最後の一つがTOWER RECORDやTSUTAYAの棚。この時代はまだ店員の趣味全開の棚にキッズが感化される。というルートが存在した。


10年代中頃〜後半

Twitterで知り合った友人がDJをやっているクラブイベント、Twitterの他のユーザーが聴いてる楽曲から容赦なくパクりまくる時代。ロシア語を勉強していたので、ロシア語楽曲はこの頃ディグっていた。


20年代:Shazam期

NHKの番組や外出先の飲食店で流れている曲をShazamしまくる。知らない楽曲に出会う機会は増えたものの、発見する曲は古い。なので新譜を全然聴かない人みたいになった。NHKや飲食店で流れる音楽は新譜より良質な過去作が選ばれやすい環境なので、必然的にそうなった。

 

共通:根が暗いオタク

人と音楽を聴くことがないので、自分のためだけに聴く。踊るための曲を聴く習慣がない。普通にオタクなのでゲームとアニメの曲もガンガン聴く。物心ついた時によく歌っていたのはFF6の決戦と、マリオRPGのクリスタラー戦、あとスーパーボンバーマン3のコンティニュー画面の曲でした

 

総括

要は、日本在住の日本語話者の30代中頃のネット・オタクカルチャーに親和性の高い男性が、人伝いに教わった楽曲を適宜つまみぐいしていくと、上記のようなリストになる。

 

リスト(選出背景付き)

1. ミサ曲ロ短調 / カール・リヒター(1962年)

et in spiritum sanctumの出来が一番いいのはたぶんこのアルバム。人類史で一番いい曲の一つだと思う。しょっちゅうet in spiritum sanctumを歌いながら料理や洗い物をしている


2. マタイ受難曲 / バッハ・コレギウム・ジャパン(新録の方)

人類史で一番いい曲の一つ。全般的にちょうどいい。ゲームミュージックが好き、テーマの反復が好き、という具合なので、バッハは全般的に相性がいい。erbarme dich mein gottとKommt, ihr Töchter, helft mir klagenは家事しながらよく歌っている


3. たのしみ / U-zhaan, 環ROY, 鎮座DOPENESS

たのしく、可愛らしい。ギンビスは車に乗る時だいたい流す。私は免許を持っていないので、車内ではDJに専念している。


4. Pushin' / STUTS

90年代生まれはだいたい好きなのでは?


5. Jazz / Алекса́ндр Цфасман /映画『太陽に焼かれて』の元ネタ楽曲(Утомлённое солнце)ということで聴いたのがきっかけ。アルバム全体を聴くようになった。よく料理やお皿を洗うときに流す。Утомлённое солнцеはマジでいい曲なので、よく歌っている。


6. 音楽のある風景 / haruka nakamura

ニコニコのプレイリストでArneから入ったharuka nakamuraだけれど、一番聴いているのはこのアルバム。SINをよく聴く。PIANO ENSEMBLEのライブの前日に、新卒入社した会社のグループ横断富士登山レース(一泊二日)があった。確実にライブに間に合うためにはバスの第一便で帰宅する必要があったため、その日のうちに山頂まで登り、大急ぎで下山した覚えがある。(上位120人までしか山頂の山小屋で眠る権利を得られないため、休憩を取ることができなかった。この富士登山の真の勝者は男女混合グループで和気藹々と喋りながら登り、8号目の山小屋でそのまま和気藹々と話し続けていた人たちだと思う。俺は高山病に苦しみながらむちむちのマッチョたちに囲まれ、寝返りを打つこともできない湿ったベッドで眠った。)


7. 袖の汀 / 君島大空

近所のパン屋で向こう髪が流れているのをShazamした。いい曲。


8. 祝いのうた / 森ゆに

haruka nakamuraが参加しているアルバム経由で知ったアーティスト。祝いのうたが特に好き。

9. カナタの旅 Live at 横浜開港記念会館 / baobab + haruka nakamura

haruka nakamuraが参加しているから……


10. 超かぐや姫!

正直めちゃくちゃ萌え。かぐやさんは恋をしているらしいです。


11. Monteverdi: Teatro d'amore / Christina Pluhar , L'Arppeggiata

メルトCPK remixにカウンターテナーみたいな声が入ってたから、「カウンターテナーの曲でも聴くか」と思って聴き直したらめちゃくちゃ良かった。母親はカストラートという概念が好きで、実家のトイレにはカラバッジオのカストラートの絵が飾られていた。それを見ながら立ちながらおしっこをする気にはなれず、私は座って用を足すようになった。


12. Ultravisitor / Squarepusher

ニコニコキッズなので


13. Lonely People With Power /Deafheaven

昔書いた艦これ二次創作について、同アーティストのvioletをイメソンとして推挙してくれた人がいた。以降Deafheavenを聴くようになった。通しで聴いて一番楽しい(?)のはLonely People With Powerなんじゃないだろうか


14. DESTINY/ NONA REEVES

なんでニコニコでネタにされているのかわからないまま聴いていた。いい曲じゃんと思い、聴くようになった。


15. カーテンコール / に角すい

apple musicのレコメンドで知った。知った頃には活動が止まっていたので、ライブなどには行けなかった


16. ブエノスアイレスのマリア / 小松亮太

タンゴ(かっこいい)で一番かっこいい組曲の一つ


17. Steve Reich: The ECM Recordings / スティーヴ・ライヒ・アンサンブル

ライヒ自体はNHKの美の壺をShazamして知った。私の聴く曲は美の壺みてーなプレイリストになっている。


18. Illinois / Sufjan Stevens

ニコニコのとある動画のBGMに使われていた。暗黒の時代。


19. Something/Anything? / Todd Rundgren

Marleneが C.O.S.A × KID FRESINOのLOVEのトラックに使われていたのがきっかけ。アルバム全体がいい曲でびっくりした


20. Spinners / スピナーズ

Could It Be I'm Falling in LoveがSlackのHot cakeのトラックに使われていたのがきっかけ。こちらもアルバム全体がいい曲でびっくりした。あと何故か近所のセブンイレブンでよくCould It Be I'm Falling in Loveが流れている。いい曲だけど、なぜ?


21. 「負けヒロインが多すぎる!」マケイン応援!カバーソングコレクション

萌えすぎるため。特に睡眠時間が3時間半を切る生活を送っていた頃、CRAZY FOR YOUをヘビーリピートしていた。


22. Pra Você, Ilza/ Hermeto Pascoal

川でビショビショになりながら笛を吹いているおっさんの動画を見かけたので、そのおっさんの曲を聴くようになった。


23. Maiden Tower / Elchin Shirinov

なんで知ったんだっけ…?兄が四拍子の曲を聴いて怒られていたので、変拍子の曲はいいものだと思うようになった。でも最近は変拍子だからとありがたがるのは、ごま油、にんにく、生肉をありがたがるのと同じように、少々恥ずかしいことなのでは?と思い始めている。


24. What's Going On / Marvin Gaye

子供の頃母が車でよく聴いていた。「この人は父親に射殺されたんだよ」と教えられたのが印象に残っている


25. 来るべきもの~Lo Que Vendra / 小松亮太

タンゴはかっこいい。小松亮太を知ったきっかけは、imageに収録されていたネスカフェゴールドブレンドの長尺アレンジ。これもかっこいいのでぜひ聴いてください


26. Piazzolla Centenario / CRduo & アストル・ピアソラ

タンゴはかっこいい。ピアソラ楽曲を知ったのは、imageに収録されていたヨーヨー・マのリベルタンゴ経由。ピアソラは親がよく聴いていた。


27. 夏季悲歌 / 四枝筆

haruka nakamuraがアレンジ版を提供したのがきっかけ。元のバージョンの方が好みだった。


28. ベスト・コレクション / 松原みき

真夜中のドアが入ってるからね。真夜中のドアというと、トルコ旅行中、深夜バスに乗るにあたってバスターミナルに向かうタクシーの車内で流れていたのが思い出深い。


29. Silk Road Journeys: Beyond the Horizon /ヨーヨー・マ & シルクロード・アンサンブル

小さな頃からNHKばっか見ていたので、シルクロードシリーズのテーマ楽曲はもちろん聴いていた。これはアルバムとしての完成度も高い。アルバムが進行するほどどんどん西方っぽい楽曲になってくんですよ。


30. Another Day / 韻シスト

to youをShazamした

 

31. Somewhere / C.O.S.A × KID FRESINO

なんで知ったのか忘れた。LOVEが明らかにいい曲。MVもすげえいいと思う


32. 喜哀/ OMSB

志人も参加するらしいぜ!ということで聴いた。でも一番好きなのはBlood。


33. Jasmine / 唾奇 × Sweet William

トラックがひたすらいい


34. Heaven's 恋文 / 志人

高校時代友達に教わった。暗殺者の恋が特に好き。暗殺者の恋を聴いていたら父が「野田秀樹みたいだね」と言った。その後他の日本語ラップを聴かせたら、何を聴いても「野田秀樹みたいだね」と言うことがわかった。


35. 主の祈り / 高田三郎

大学を卒業する際、ゼミの教授が聖フランシスコの祈りを引用していたのがきっかけ。このアルバムの平和の祈り-アシジの聖フランシスコ-は名曲です


36. 野口、久津川で爆死 / モーモールルギャバン

高校時代の友達がカラオケで歌っていた


37. Scenery / Ryo Fukui

Twitterでオタクが聴いてたのでパクった


38. ゆゆ式 オリジナルサウンドトラック / sakai asuka

ゆゆ式は本当にいいアニメです。tekipakiで出棺したい


39. メルヘントリップ / なのるなもない

これも高校時代の友達から教わった


40. ハワイの休日 / 加山雄三

お嫁においではマジでいい曲です。


41. En el Olympia / Julio Iglesias

映画『裏切りのサーカス』のラスト、La Merが流れるシーンが好き。というわけで、これも映画きっかけです。あと親も好きなので、よく車で流していた


42. Modal Soul / Nujabes

ニコニコキッズなので知った。Featherが特に好きかもしれない。妻といった飲食店でも流れており、人生の伏線回収がなされたような気持ちになった


43. Luv(sic) Hexalogy / Nujabes feat. Shing02

ニコニコキッズなので知った。会社の飲み会で行った飲食店でも流れており、人生の伏線回収がなされたような気持ちになった。


44. 何度でも新しく生まれる / MONDO GROSSO

クラブでTwitterのオタクが流していた。妻と行った服屋でも流れており、人生の伏線回収がなされたような気持ちになった。


45. 魔法のメロディ / さよならポニーテール

地元のCD屋で推されていたのがきっかけだったと思う。ナタリー、それを愛と…のあたりをよく聴いていた。


46. cocoon ep / sora tob sakana

Twitterでオタクが聴いていたのでパクった。tokyo sinewaveが好き


47. Le meilleur de Michel Legrand / Michel Legrand

親がロシュフォールの恋人たちの楽曲が好きなので、それで聴くようになった。


48. metafysik / eufonius

異能バトルの聖典


49. Rollercoaster (feat. Sam Frank) / Skream

オタクがクラブで流していたのでパクった


50. Lilies of the Valley / 三宅純

NHKの番組でShazamした


51. 12&1 Song / haruka nakamura & Janis Chrunch

これもコラボだからいいっしょ、ということで入れた。まとまりがいいです。


52. 鉱石ラジヲ / 新井昭乃

オタクなので


53. 俺の彼女と幼馴染が修羅場すぎる1 /自らを演出する乙女の会

大学の先輩の運転する車で流れていた。いい曲すぎる。


54. () / Sigur Rós

大学の友人がSigur Rósが好きということで聴いてみたら良かった。


55. Stranger to My Room / Sonicbrat

ニコニコから卒業しつつharuka nakamura周りを漁っていた頃、もしかしてKITCHEN. LABELが鉱脈なのか?と思って手をつけた


56. Tell Your World / livetune

GoogleのCMは流石に印象深い。あの頃のインターネットに見出されていた、正の輝き。


57. Liminal Space / xanopticon

高校の友達が教えてくれた


58. the beach boys today! / the beach boys

Please Let Me Wonderは発表していない俺の頭の中にだけあるBL漫画のイメソン


59. Wang / 王舟

新卒で入った会社の研修グループにいたメンバーがなんの脈絡もなく「好きそう」と言ってお勧めしてくれた。実際結構好きだった。


60. Wicked: The Soundtrack / ウィキッド・ムービー・キャスト

いいものはいい。Defying Gravityで終わるのもちょうどいい


61. O.G. Swing / YoYo the "Pianoman"

コロナの緊急事態宣言あたりの時期に引きこもっていた頃、JAZZ AUDITORIAに出演していたのがきっかけ。父と娘のダンスが特に好き。


62. Waltz for  BEAU PAYSAGE

haruka nakamura経由。you are my waltzと秋のワルツが特に好き。ワルツ多すぎだろ。


63. ぼくらの空気公団 / 空気公団

地元鎌倉を舞台にした百合漫画、『青い花』のアニメ主題歌が収録されているので


64. スーパーベスト / ゴンチチ

放課後の音楽室がimageに収録されていたのがきっかけ


65. メロディーズ / 蓮沼執太

何で知ったのかは忘れたけど、アコースティックスの軽妙さが作業用BGMとしてちょうど良かった。同人版女甲冑騎士さんとぼくは大体このアルバムが流れている状態で描かれています。


66. 嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん「幻想の在処は現実」 / bermei.inazawa

オタクなので。differanceとdeconstructionは名曲だと思います


67. Trooper Salute / Trooper Salute

apple musicのアルゴリズム。家事している間流すことがある。


68. Duke Ellington HITS & RARITIES / Duke Ellington

NHKのShazam。どうせ美の壺だと思う。


69. 正しく忘れる / 望月起市

apple musicのアルゴリズム。


70. 棘ナシ / トゲナシトゲアリ

ガールズバンドクライのやつですね。素直に萌えです。


71. きゅうくらりん / いよわ

素直に萌えです。白状するとサロメ嬢の歌ってみた版を聴くこともあります。結構な頻度で


72.  פנחס ובניו /Pinhas & Sons

知ったきっかけは忘れた。楽しくていいアルバムです。


73. Crescendo / Crackazat

TwitterのオタクがSomewhere Elseをクラブで流していた


74. 緑黄色人種 / Shing02

ニコニコキッズが日本語ラップを聴き始めるとだいたいイカルスを聴くことになる。


75. 赤落+3 / 鬼一家 /

高校の通学路にあったタワレコがプッシュしてたと思う。30代の中頃より上の世代に日本語ラップを聴くタイプのオタクは、全員小名浜のMVの冒頭の寸劇を真似できるんじゃないだろうか


76. STILLING, STILL DREAMING / THA BLUE HERB

高校の友達に教えてもらった。かっこいいよね。続・腐食が好き。でも聞き手としては邪道だから、正直TBHで一番聴いたのは未来世紀日本と路上の二曲なんだ……


77. 町かどタンジェント / よいまちカンターレ / コーロまちかど

アニメ『まちカドまぞく』のOP。萌えアニメのOPは全部渋谷系でいいと思う。業務負荷が高くなるとこの曲を聴くことが多くなるので、家事の最中にこれを流すと妻が「ストレスが溜まっている!」と慄く。実際、ストレス性難聴になった時一番美しく感じた曲は、この曲だった。私は左耳の低音から聴こえにくくなるタイプなので、相性がいいかもしれない。


78. DARK SOULS III OST / フロムソフトウェア

かっこいい。特にDARK SOULS III がかっこいい。トレイラーだけで流れるかっこいい曲だと思ったら、スタート画面で流れる上にしっかりサントラにも収録されたので感動した。トレイラーで流したかっこいい曲は、責任をとってサントラに収録するようにしてほしい。聴いていますが?ゼルダの伝説 ティアーズオブキングダムさん


79. MY SPACE / S.L.A.C.K

友達が聴いていたからパクった。


80. Hairspray Original Broadway Cast Recording/Original Broadway Cast of Hairspray

かなりいいミュージカルなので。チケットの兼ね合いから福岡まで見にいくことになったのだけれど、それに値するミュージカルでした。


81. Moira / SoundHorizon

ニコニコキッズなので。


82. Thank You! / いとうかなこ

itunesで一番最初に購入した楽曲はガラスのくつです。


83. Midnight Marauders / A Tribe Called Quest

ひたすらかっこいいので。


84. バテン・カイトス 終わらない翼と失われた海 OST / 桜庭統

五拍子のボス戦楽曲がかっこいい。


85. Blasphemous OST / Carlos Viola

南スペインはゴス


86. OIL LACQUER / Jamo Lacquer & Olive Oil

Olive Oilは高校の友人が聴いていたし、アパレルも持っていた。そっからパクった。


87. everyday is a symphony / 口ロロ

何で知ったのかは忘れたけど、通しで聞くと楽しい。00:00:00が良いです。
88. Русское Наследие / Александр Вертинский

ロシア語タンゴ。タンゴはかっこいいから好きだ。


89. 魔法少女まどか☆マギカ ultimate best / Kalafina

説明不要


90. バッハ/インベンション (全音楽譜出版社刊)準拠/ 渚智佳 & 藤原亜美

本来はオールタイムベスト的なものに入れるべきアルバムではないということは理解しているのだけれど、よく聴いてるから入れた。こういう規則正しさは生活に必要です。


91. 愛のシュプリーム! / fhána

素直にいいアニメソング


92. MOUNTAIN DANCE/ デイヴ・グルーシン

家で流れていた。嫌がらせのようにずっと同じテーマが反復するのはいい曲。


93. Waltz for Debby(Remasterd)[Live] /ビル・エヴァンス・トリオ

素直にいい曲。こういう可愛らしいピアノ曲は好きだ。家でも流れていた


94. Goodair + Minimissing / Nikakoi

知った経由を忘れたけど初めて物理で買ったアルバムはこれ。マジでなんでだっけ…………。エレクトロニカをよく聴く少年だったんです。


95. マホロボシヤ / 青葉市子

haruka nakamuraとかあの辺 という括りで知った


96. アワーミュージック / 相対性理論 & 渋谷慶一郎

渋谷慶一郎がNHKのFRONTIERSという番組のテーマ曲を作ったのがきっかけ。聴き流すのにちょうどいい


97. The Electricity in Your House Wants to Sing / I Am Robot and Proud

ニコニコキッズなので。何らかのプレイリストに入っていた。そういう時代だった。


98. 夏色プレゼント/あおい,ひなた,かえで,ここな

ヤマノススメ(説明不要)
99. Goldberg Variations / Glenn Gould

バッハの規則正しさは好きだ。おっさんの鼻歌は鬱陶しいけど


100. 望~月を亡くした王様~ / 降神

高校の友達に教わった。無呼吸教室が特に好き。友達とよく真似していた。

 

俺思ったよりharuka nakamura好きだな。恥ずかしいことだと思ってるけど

 

 

 

A席で行こう!〜東海道新幹線をしゃぶり尽くす〜

最も良い鉄道は何か

東海道新幹線です。

というわけで、東海道新幹線を楽しむための基本を伝えたいと思います

 

前提
  • 紹介するスコープは新横浜〜名古屋間
  • 時間の記載については、手動のストップウォッチで取得したもの。当然、景色に見惚れて押し遅れるなどしているので、時間は全く正確ではない。ラップタイムの記録が間違っていて全然違う可能性もある。あくまで目安として受け止めていただきたい。時間が正確じゃないなら参考にならないじゃないかと言われそう。窓にずっと貼り付け。

 

乗車前

乗るのはA席。富士山を堪能できるのは北側であるE席だ。けれど、東海道新幹線の景色の真髄は南向きにあると、私は考えている。一人での移動なら、A席を取ろう。

お弁当は崎陽軒のシウマイ弁当を買う。神奈川東部の人間の義務である。これに勝るものはない。

お弁当を食べるほどではない場合は、ポケットシウマイ(¥347)もおすすめだ。手軽に崎陽軒のシウマイを6つ食べられる。

 

見どころ1:ファースト河川

発車からの経過時間:約5分

相模の良い川が目に入る。新幹線は大きな川を幾つも渡る。新幹線の旅は東海道の旅であるのだから、渡河の瞬間を楽しめると良い。

ちなみに川を渡ってからしばらくし、もう一本小さな川を渡ったタイミングで、かの有名な日向岡住宅がE席側に現れる。不審であることを押し通して右を向いても良いだろう。

 

見どころ2:小田原駅

発車からの経過時間:約11分

鈴廣のかまぼこの看板がチラホラと目に入り、うれしいきもちになる。蒲鉾は、神奈川南部の人間の魂である。正月前は伊達巻を作るために海老の殻を剥き続けるバイトなどで、全身から凄まじい臭いを放つ若者が公共交通機関に出現する。相模の冬の風物詩と言えるだろう。兄もそうだった。ちなみに私の地元は鎌倉なので、贔屓にしているのは井上蒲鉾店。鈴廣にはそこまで愛着はない。

 

見どころ3:小田原の海

発車からの経過時間:約15分

海が見えたなら、とりあえず一度はしゃいでみせるのが、旅人の作法だろう。

 

見どころ4:またも海

発車からの経過時間:約15分

少し振り向くような形で海を見よう。かなりいい海をしている。海にも良し悪しはあり、これは良い海だ。

 

見どころ5:東洋のモナコ、東洋のアマルフィこと、熱海

発車からの経過時間:約16分

泥酔して東海道線に乗った者が流される地、熱海。私も東京駅から大船駅に向かおうとした際、いつの間にか熱海に流れ着いていて絶望した覚えがある。東海道新幹線という安全圏から眺めると、とても美しく思える。ともすると熱海というと、かつての国内団体旅行の残り香漂う、あまり洗練されていないリゾート地のような印象を受けるけれども、よくよく目を凝らしてみると随分と綺麗で情緒のある街をしている。モナコやアマルフィのような景観に感動したことのある人間は熱海に感動しなければフェアではないように思うので、そのような経験のある人間は熱海を美しく思うよう努力すべきだ。

 

見どころ6:長いトンネル

発車からの経過時間:約18分

東海道新幹線のために必要だった苦労の数々に思いを馳せよう。

 

見どころ7:ティピカル田園風景

発車からの経過時間:約20分

トンネルを抜けた先、一瞬だけコテコテな田園風景が広がる。美しい田畑は東海道新幹線の見どころの一つだ。新幹線に乗りながら、工業地帯や田園風景を交互に眺めることで、あなたは確実にこう思うはずだ。

もし私が共産化した日本の役人なら、新幹線をポスターに描かせる、と

 

見どころ8:ファースト茶畑

発車からの経過時間:約23分

おそらくはこのくらい時間がたったタイミングでファースト茶畑が目に入る。つまり、沼津あたりからティピカルな静岡がはじまる。

 

見どころ9:沼津の工場地帯

発車からの経過時間:約27分

製紙工場をはじめ、水をもりもり使いそうな工場が沢山目に入る。水どころ、沼津の底力を感じよう!!

 

見どころ10:富士川

発車からの経過時間:約29分

雄大である。

 

見どころ11:日本平

発車からの経過時間:約33分

静岡市の誇る景勝地、日本平。基本的に平地か海かデカい山!という新幹線において、遠方ながらもなだらかな山が見えるのは良いアクセントになる。こういうバランス感覚が重要。フロムソフトウェアのデモンズソウルでも「審判者」のようなビジュアルのボスが用意されている。

 

見どころ12:古墳

発車からの経過時間:約35分

この辺りからは、周囲から浮いた緑地には注意を向けるべきだ。だいたい古墳だから。

 

見どころ13:焼津へ

発車からの経過時間:約37分

トンネルを抜けて焼津へ。いい感じの山と田んぼを眺められる。

 

見どころ14:中外製薬の工場とその周辺

発車からの経過時間:約37分

中外製薬の工場!立派だね!この辺からしばらくロケーションが大変よい。いい具合に工場やクノールの社屋などがあり、あと茶畑が見やすい。時間なんて気にせず窓に張り付くべきだ。

 

見どころ15:小傘山と企業群

発車からの経過時間:約39分

左手になだらかな山があっていいアクセント。資生堂の工場があるのもポイントが高い。その後のサンコー、POLAの社屋も必見。もちろん、大塚製薬の拠点を見るのも忘れないように。

 

見どころ16:河津桜の並木と、緊張の予感

発車からの経過時間:約41分

少し遠くの方に河津桜の並木が目に入る。そこを美しい並木道にしようとした人の心に触れ、胸を温めると良い。

また、ここから少し気を引き締めたほうがよい。ひらけた田んぼがしばらく続く。静岡の西側で、平けた土地ということは……そう……あれが近い

 

見どころ17:天竜川

発車からの経過時間:約46分

ここがチェックポイントとなる。姿勢を正そう。浜松駅が目に入ったなら探査神経(ペスキス)を全開に

 

 

見どころ18:浜名湖

発車からの経過時間:約49分

東海道新幹線のサビと言って良い。時間にして約3分、左手に浜名湖が広がる。

富士山より見ごたえがあると思っている。

いいものですよ。

 

見どころ19:のんほいパークの観覧車

発車からの経過時間:約51分

のんほいパークの観覧車が見える。負けヒロインが多すぎる!に思いを馳せよう。

 

マジで八奈見さんはかわいい

見どころ20:海と田原川の風力発電

発車からの経過時間:約54分

田原川の風力発電が眩しい。その後竹島付近へ。負けヒロイン6巻に思いを馳せよう。私は負けヒロインが多すぎる!では八奈見杏菜さんが最も魅力的だと思っているけれど、6巻の焼塩檸檬さんには圧倒されました。

 

 

見どころ21:アノールロンドみたいなチャペル

発車からの経過時間:約58分

名古屋駅に入る直前、一瞬だけ見える。

 

 

 

727、きぬた歯科の看板の数はいずれかのインターネットおもしろサイトがカウントしてるとおもうので、やりません

 

関連書籍

 

黒部ダムだし新幹線はまったく関係ないけど、私にとってトンネルといえば高熱隧道だ

 

 

電車の旅といえばこれ。借金と人の力頼みで特に目的のない汽車旅をする紀行文。ろくでもなくて面白い。、内田百閒は借金を「錬金術」と称していた。第五魔法・青(TYPE-MOON) の招待は借金に関係していると思う。

『ヒトナー』の考証について――期待できる漫画ほど丁寧に読みたい

屋宜知宏による『ヒトナー』(少年ジャンプ+)が連載化された。2024年に公開され話題になった読切の、堂々の帰還である。

この作品は「ケモ(獣人)が住む星にヒトがやってくる」というファーストコンタクトSFとして高く評価されている。逆転の発想、異種族間の緊張と交友、シンプルにかなりかわいいトネリコさん、好奇心もありつつ素の善良さが滲み出るドリル先生など、作品としての魅力は本物だと思う。

本物だと思うので、多少めんどくさいオタクが若干ネガティブな言及をしても全く差支えがなさそう。というわけで、二話を読んでここ変じゃない?と思ったポイントを語る。

 

トネリコさんが香辛料を摂取する描写

 排便時にも苦痛が伴う、という描写から、カプサイシンを摂取したと捉えている。カプサイシンがネコ科動物に消化器への刺激を引き起こすこと自体は事実で、経験的にもよく知られたものになっている。

 ただし問題は展開の不自然さにある。複数種のケモが共生している社会設定であれば、ネコ系種族は長い社会生活の中で「自分たちが食べられないものがある」ということを常識として蓄積しているはずだ。草食や雑食動物に由来するケモが摂取するものの中には、植物由来の毒素を含んだものが多々あるはずで、肉食もしくは肉を中心とした雑食動物を由来とするケモにとってNGな食材は、あの社会にも溢れていると考えるのが妥当だ。

 これはアレルギー体質の人間を考えればわかりやすい。重度の食物アレルギーを持つ人間が、未知の食品を「とりあえず食べてみる」などという行動をとるだろうか?原材料を確認するか、食べないかのどちらかだ。NG食品が多い種族ほど、未知の食物への警戒は高くなる方向に働くだろう。

 「確認なしに未知の食品を口にする」という行動は、多種族が共生している社会において、相対的に植物の毒に対して脆弱な種族がとる行動としては、いささか無理がある。プロット上自然だけれども、あの世界で生きるネコモチーフのキャラクターがすることではない。

 

ドリル先生の「ヒトは毒への耐性が広い」という評価

 マンドリルモチーフであるドリル先生が、人間の食物への耐性の広さに驚き、「あらゆる環境に適応した覇権的生物」と推察する場面は、この回の核心的なテーマを担う重要な台詞だ。しかしここも釈然としない。

 人間の代謝系は霊長類としておそらく標準的な水準であり(というより特別であるとする根拠がなく)、植物由来の毒素への耐性という観点では、野生の食物に依存する動物より劣っている可能性が高い。食べ物に含まれる毒とは基本的に植物の毒である、ということを考えると、草食動物や森林の雑食動物をモチーフとした種の方が耐性が広く、強力だと考えていいだろう。

 つまり、森林に住む雑食動物であるマンドリルをモチーフにしているドリル先生の方が、食物由来の毒への耐性という点ではより広くカバーしていると考えることが妥当いうことだ。

 このようなことは、今後様々な点でこの作品が直面する問題になるだろう。作中の解説役がよりにもよって霊長類なので、解説役の語る「ヒトの特異性」とほぼ同じものを解説役がもっていることになってしまうのだ。

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 あんまり関係ないけれど、ガボンのマンドリルを対象にした研究では、147種の植物を食性に含み、樹皮や根茎なども部位も摂取していることが示されており、自己投薬行動が示唆されている。おもしれー

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 人間が「食べられるものが多い」とすれば、それは生物学的な耐毒性ではなく、加熱・発酵・アク抜きといった加工によるところが大きい。素の生物としての耐性が広いのではなく、代謝を調理というものにアウトソースすることで食べられる範囲を拡張してきた種が人間だ。ケモたちが調理を行うのだとすれば、そのような優位もないということになる。

 発酵への耐性という点では、やはりマンドリルは落下した果実を食べるし人と同程度がそれ以上の耐性が期待できるだろう。

 腐った肉については、ひょっとすると人の方が強いかもしれない。人類の胃液のphは類人猿の中で最も低い。胃液のphですべてが語れるわけではないけれども、期待してもよさそうだ。まあ、その点に関しては腐肉食専門の動物や、肉食動物の方が強いけど。

 話をまとめる。確かに人類は幅広い食材に適応しているけれど、それは人類が雑食動物だからだ。同じく雑食動物であり、同等かそれ以上の適応をしているマンドリル由来のドリル先生が人類の適応について「既存の動物を超越した」「ヒトをヒトたらしめる重要な特性」とまで語るのは、いささか無理があるだろう。ここは、明らかに四季が存在する国の出身であるキャラクターが「日本は四季があってスゴイ」と言っているのを見てしまったような気持ちになり、読んでいてかなり気恥ずかしかった。

 

「先史時代の獣は色覚が弱いため天体を認識していた可能性は低い」という指摘

 哺乳類の多くが2色型色覚(多くの人間のような3色型ではない)であることは事実だ。しかし「色覚が弱いから、天体を認識しない」という論理には飛躍がある。

 天体の認識を生み出すのは色の識別能力ではなく、視力と考える方が妥当だろう。「認識」をより深い関心と理解として解釈するなら、必要なのh位置・運動・周期のパターン認識。古代バビロニア、マヤ、イスラム天文学はいずれも肉眼での星の色識別より、星の配置と時間変化の追跡に依存していた。あれこれ話したけれど、要は2色型色覚でも、天体を認識することはどう考えても可能だ。

 むしろ逆の見方もできる。人間の3色型色覚は、昼行性の樹上生活で果実の熟度を見分けるために進化したものとされており、その代償として夜間の暗所感度が2色型に比べてある程度低下していると推察される。つまり夜空の星をより鮮明に見るという点では、他種族のケモの方が条件に恵まれている可能性すらある。

「色が識別しにくいから、天体を認識しない」というのは、人間の色覚体験を基準にしており、考証としては根拠に乏しい。というか、人に関しても2色型色覚だろうが1色型色覚だろうが、星は見るだろうから、人間の体験としても苦しい説明になる。ロマンチックな与太話に野暮なツッコミを入れる科学者、というフォーマットはよくあるギャグだけれど、これについては科学的にも倫理的にも危ういものになっている。

 さらに厄介な問題がある。例の如く、この台詞の話者がマンドリルモチーフのドリル先生である点だ。つまり、マンドリルは人間と同じ3色型色覚を持つ。赤・緑・青の3種類の錐体細胞を備え、色識別能力は人間と同程度と考えられている。視力(解像度)についてはマンドリル固有の実測データを見つけられなかったが、同じオナガザル科のマカクが人間と近い水準であることから、同程度である可能性が高い。そもそもマンドリルの顔面の赤・青・紫の鮮やかな色彩は性的シグナルとして機能しており、色の識別がこの種の社会生活において極めて重要な役割を果たしている。色覚を高度に活用している動物をモデルにしたキャラクターが「獣は色覚が弱い」と語るのは、設定として正面から矛盾しているのではないだろうか。

 本稿の指摘の中で、考証上の問題として最も明確なのはこの箇所かもしれない。

 なにせ、ドリル先生にも星々は鮮やかに見えるし、トネリコさんには我々よりもずっとまぶしい星が見えているはずだからだ。ヒトシとトネリコさんは最後のページで、それぞれがそれぞれの形で美しい星空を見ていたのだ。

 

「ヒトはすべての種目をそつなくこなせた」という結果

 人間の身体的汎用性に一定の根拠があることは事実だ。持久走・投擲・精密な道具操作の組み合わせは他の動物が持ちにくい特性であり、特に長距離持久走は人間の強みとされている。

 作中でどのようなスポーツが念頭に置かれているのかは明示されていない。が、多種族が共生する社会であれば、スポーツの種目は人間社会が発展させてきたものだけではないはずだ。嗅覚を使った追跡競技、夜間視覚を活かした競技、木登りの速度競争——そういった種目も当然存在するはずで、そこでは人間は平均以下どころか競技として成立しないものだって含まれていることが考えられる。

「そつなくこなせた」という結果に至るためには、人の身体構造や能力で実行可能な種目だけで身体能力の判定が行われた、ということになる。作中世界では、暗黙のうちに人間が設計したスポーツを「標準」と見なしている。つまり多種族共生社会という設定に反したものになっていると言えるだろう。※なお、この指摘については後ほど私から反論をする

ヒトが「異様に脆弱で清潔な存在」という医者の評価

 ヒトシが感染症で入院した後、医者が「病原体を完全に排除した環境でないと健康でいられない異様に脆弱な存在」と評する。

 哺乳類に関して言えば、感染症への罹患しやすさとは、種としての脆弱性ではなく特定の病原体への免疫的な経験の有無問題だ。西洋人がアメリカ大陸に持ち込んだ感染症が先住民を壊滅させた一方、西洋人自身はそれらに耐性を持っていた。これは「どちらが脆弱か」ではなく「どの病原体に暴露されてきたか」の問題だ。「ネイティブアメリカンは脆弱な存在なので天然痘で死んだ」と語る医者がいたら、付き合い方を考えた方がいい。

 多種族が共生し、文明を営んでいる社会であれば、異種族由来の病原体への暴露と適応の歴史はすでに相当程度蓄積されているはずだ。その社会で医療を担う立場にある者が、「新入りは様々な病原体に未暴露であり感染リスクが高い」という知見を持っていないのは不自然だろう。同一性の高い集団の個体が多種族が共存する環境に移動した際病原体に感染しやすいことは、共生社会の医学においてはむしろ常識として扱われているはずだ。それを「異様な脆弱性」として驚く医者の反応は、設定が要請するはずの知識水準と噛み合っていない。しかも免疫がないことをもって排他的な種族という評価まで下しているのだから、やはり付き合い方を考えた方がいい医者だと思った方がいいだろう。

まとめ——考証の不可解さが生まれる構造

 以上の五点を振り返ると、共通のパターンが見える。「人間はスゴい(特別である)という話をしたい」というエピソード上の要請が、考証を歪めているのだろう。

 香辛料による中毒は「ヒトは自分たちが当然と思っているものが他種族には危険」という驚きを描くための仕掛けだろう。毒への耐性の評価は「実はヒトにはすごい能力がある」と描くための導線だろう。感染症の描写も「ヒトは排他的な霊長」という印象を強化する機能を持っている。どれも物語の主題——ケモ視点から見た人間の特異性——を補強するために機能している。物語的な必然性はわかる。しかし、これらはモとヒトについて科学的な与太話をすることでSFチックな建て付けを演出する、というおそらく強みになっているであろうポイントとも、作品の設定とも軋轢を生じさせている。

 特に香辛料と色覚、感染症の描写は、考証の問題に留まらず、世界設定が要請するはずの知識を登場人物が持っていないという矛盾だ。多種族共生社会を舞台にする以上、その社会の蓄積した知見の水準をどこに設定するかは、設定の根幹に関わる。

 

終わりに——こう設定すれば成立するかも。面白いかはさておき

 ここまで指摘してきた問題のいくつかは、そもそも問題などではなく、この作品の「大ネタ」を示唆している可能性がある。以下は擁護的な読み筋として提示したい。

 汎用的な身体能力の問題は、ヒト型身体構造への収斂という設定があれば幾らか解消できるかもしれない。

 カニ化(異なる系統の甲殻類が独立にカニ型へ収斂する現象)のように、この惑星の様々な種族は「ヒト型に近い直立二足歩行・汎用的な上肢」という身体構造へ収斂している。そのため、ヒトの身体は「最大公約数」に近い存在になる。その場合、「ヒトはあらゆる競技でそつなくこなせる」という評価は、「この惑星の生物が収斂してきた身体構造の典型にヒトが近い」という意味として読めるし、作中では「最大公約数的な種目だけを選定していた」という理屈が成立する。

 そして、この収斂が通常の自然選択ではなく、何らかの外部的介入によるもの(ヒト自身、あるいは別の存在による遺伝的・文明的な干渉)という大ネタが仕込まれていれば、通常の進化論では説明しにくい「なぜこれほど多くの種族がヒト型に近い構造を持つのか」という問いに答えられる。

 これは作中の進化観の問題とも接続する。作中(一話)では進化が「より優れたものへの改善」という俗流の理解、つまり本来の進化論が否定する目的論的解釈として描かれているように見える。しかし「介入説」を導入すれば、この惑星における進化は実際に何者かによって「設計・誘導」されてきたものであり、目的論的な進化観がこの世界では正しい、という読み替えが可能になる。作中キャラクターが俗流の進化観を持っているのは、その世界の実態を反映している、という解釈だ。

 加えてこの設定は、「ヒトがこの惑星では架空の存在として神話化されていた」という作品の前提とも共鳴する。様々な種族がヒト型に収斂する傾向を持つなら、ヒトは「進化の到達点のイメージ」として神話的・宗教的に語られやすい存在になるだろう。

 もちろんこれは現時点での作中描写から読み取れる大ネタではなく、あくまで「こう設定すれば整合する」という擁護的な仮説だ。こうすればもっと面白くなる、というものでももちろんない。連載の展開の中でこの方向の伏線が張られているとすれば、ここまで指摘した問題点が後から回収される可能性は十分ある。

 

 ケモの共生社会に対し、SF的な科学与太話を入れつつアプローチするヒトナーのコンセプトは、私としてはとても好みだし大きな期待を抱いている。

「人はスゴい」という小さな話に閉じこもらずに、あの世界に生きるケモたちとその社会を生き生きと描いてくれるとありがたい。だって寂しいでしょ。海外旅行に行った人の土産話が日本の公共交通機関とトイレと四季の話に終始してたら。

 

関連リンク

アーバンファンタジーアンソロジー。ヒトとイヌ(コボルト)が共生する社会で、ITコンサルタントが営業向けダッシュボードを作るために四苦八苦する短編を寄稿したやつ。他の作品ももちろん面白いよ

 

九井諒子先生の言わずと知れた名作短編集。「現代神話」がヒトとケンタウロスの共生を描いており、めちゃくちゃおもしろい。種族の特性による差を、あまり人間至上主義っぽくない形で、しかもやたら生活感とリアリティのある形で表現しきっている。

竜の学校は山の上

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